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横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)1681号 判決 1988年6月30日

原告

高橋淳

原告

高橋初江

右両名訴訟代理人弁護士

下林秀人

被告

露木二三子

右訴訟代理人弁護士

杉原尚五

須々木永一

杉原光昭

被告

尾形明

被告

尾形杉子

右両名訴訟代理人弁護士

柏木秀夫

主文

原告高橋淳、同高橋初江の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は右原告両名の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告等は、各自、原告両名のそれぞれに対し、一二八五万一三〇三円及びこれに対する昭和五八年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

仮執行宣言の申立て

二  請求の趣旨に対する答弁

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

発生日時 昭和五八年七月一六日午後八時二〇分頃

発生場所 藤沢市石川一五二八番地先交差点

加害車両 (一) 普通乗用自動車(以下「本件乗用車」という。)

運転者 被告露木

(二) 自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。)

運転者 訴外尾形哲也(以下「哲也」という。)

被害者 訴外高橋堅志(以下「堅志」という。)

事故態様 堅志が哲也運転の本件自動二輪車に同乗して、前記の交差点を南から北に向け横断しようとしたところ、折りから同交差点に西から進入してきた被告露木運転の本件乗用車に衝突し、堅志及び哲也は即死した。

2  本件の当事者

原告高橋淳、同高橋初江は堅志の父母、被告尾形明、同尾形杉子は哲也の父母で、いずれも相続人である。

3  責任原因

(一) 本件事故発生当時、被告露木は本件乗用車を、哲也は本件自動二輪車を、それぞれ自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法第三条に基づき、本件事故によつて発生した損害を賠償する責任がある。

(二) 本件事故は、被告露木において、本件乗用車を運転して交差点に進入するに当つて、時速三〇キロメートルの制限速度を遵守し、前方左右を注視して走行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失と、哲也において、本件自動二輪車を運転して交差点に進入するに当つて、交差点の手前で一旦停止し、前方左右を注視して走行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失が相俟つて発生したものである。従つて、被告露木と哲也は、民法第七〇九条、第七一九条によつて、本件事故によつて発生した損害を賠償する責任がある。

(三) 被告尾形明、同尾形杉子は、哲也の損害賠償債務を相続により承継した。

4  損害

(一) 原告両名の固有の損害

(1) 葬祭費

原告両名は、堅志の葬儀を取り行い、その費用として合計八三万七〇〇〇円を支出し、各その二分の一の四一万八五〇〇円宛負担した。

(2) 雑費

原告両名は、堅志の遺品の運搬、整理、アパートの明渡し費用として合計七万円を支出し、各その二分の一の三万五〇〇〇円宛負担した。

(二) 堅志の損害

(1) 逸失利益

堅志は、本件事故当時満二四才(昭和三三年八月一六日生)で、年収は三二三万円(月給二一万五〇〇〇円、ボーナス六五万円)であつた。

従つて、堅志は、本件事故に会わなければ、満二四才から満六七才まで稼働し、その間少なくとも年額三二三万円を下らない収入を得ることができたもので、これから生活費として満三〇才までは五〇パーセント、満三〇才以降は三〇パーセントを控除したうえ、新ホフマン方式により中間利息を控除してその逸失利益の現価を算定すると、次のとおり四七八〇万六九〇八円になる。

(323万円×0.7×22.611)−(323万円×2×5.134)=4780万6908円

(2)慰謝料

本件事故により堅志が受けた精神的苦痛を慰謝するには、一二〇〇万円をもつてするのが相当である。

(3) 原告両名は、堅志の(1)、(2)の損害を二分の一の二九九〇万三四五四円宛相続した。

5  損害の填補

以上の原告両名の損害の合計は、各三〇三五万六九五四円になるが、原告両名は、自賠責保険から合計三七三一万一三〇〇円を受領し、原告両名の損害に各二分の一の一八六五万五六五〇円宛充当した。

6  弁護士費用

原告両名は、被告等が賠償請求に応じないので、原告両名訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任し、その費用として各一一五万円(合計二三〇万円)を支払うことを約定した。

7  結論

以上によると、原告両名の受けた損害は、それぞれ一二八五万一三〇四円であるから、被告等に対し、各自右金員及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五八年七月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告露木の認否

1  1項の事実は認める。

2  2項の事実は知らない。

3  3項(一)の事実のうち、被告露木に関する部分は認める。

同項(二)の事実のうち、被告露木に関する部分を否認する。

同項(三)の事実は知らない。

4  4項の各事実は知らない。

5  5項の事実のうち、原告両名が自賠責保険から三七三一万一三〇〇円を受領したことは認め、その余は知らない。

6  6項の事実は知らない。

三  請求原因に対する被告尾形明、同尾形杉子の認否

1  1項の事実は認める。

2  2項の事実は認める。

3  3項(一)の事実のうち、哲也に関する部分は認める。

同項(二)の事実のうち、哲也が、交差点の手前で一時停止しなかつたことは認め、その余は知らない。

同項(三)の事実は知らない。

4  4項の各事実は知らない。

5  5項の事実のうち、原告両名が自賠責保険から三七三一万一三〇〇円を受領したことは認め、その余は知らない。

6  6項の事実は知らない。

四  被告露木の抗弁

1  自賠法第三条但書の免責の主張

(一) 本件事故発生に被告露木は無過失であり、本件事故は専ら哲也の過失により発生したものである。即ち

(1) 本件事故現場は、遠藤方面から円行方面へ向かう市道(被告露木運転道路、以下「甲道路」という。)と、大庭方面から葛原方面へ向かう市道(哲也運転道路、以下「乙道路」という。)が十字に交差する交差点内である。

甲・乙道路は、いずれも歩車道の区別がなく、アスファルト舗装がなされており、各々の幅員は、甲道路が7.7メートル、乙道路が5.8メートルで、被告露木及び哲也の進行方向に対し、甲道路は一〇〇分の一〇、乙道路は一〇〇分の二の勾配を有する下り坂である。

甲道路に関する規制は、制限速度が時速三〇キロメートル、本件交差点への進入に関しては、一時停止等なん等の規制はされていない。乙道路に関する規制は、甲道路に進入する直前に一時停止すべきである旨が表示されている道路標識が設置されており、本件交差点の直前に白線の停止線及び「止まれ」の文字が路面表示されている。

被告露木及び哲也の運転方向からそれぞれに対する見通しは、高さ三メートル以上の石垣により遮られているため、かなり悪くなつている。

(2) 被告露木は、甲道路を遠藤方面から円行方面へ向けて時速約三五ないし四〇キロメートルで本件乗用車を運転し進行中、別紙図面①地点で本件交差点に気付いたが、そのまま進行した。

約四一メートル進行した②地点に於て、自己右側の乙道路から進行してくる車両の存在を示す前照灯が目に入り、次の瞬間、即ち、約5.4メートル進行した③地点に於て、被告露木は、自己右手前約八メートルの地点に本件交差点に高速度で進入して来る哲也運転の本件自動二輪車を発見し、危険を感じ直ちに急ブレーキをかけたが、約2.8メートル進行した④地点に於て、本件乗用車の右側前部と本件自動二輪車の左側前部が衝突した。

(3) 哲也は、乙道路を、大庭方面から葛原方面へ向かい自動二輪車を運転し本件交差点に進入したが、乙道路から本件交差点に進入する車両に対しては、一時停止の義務が課せられているにもかかわらず、一時停止をしないで且つ時速約七〇キロメートルで進入した結果本件事故に遭遇した。

(4) 本件事故は、以上のような経過で発生したもので、仮に、被告露木が制限時速三〇キロメートルで運転していたとしても、被告露木が哲也運転の車両の存在に気が付き得た地点に於て被告露木が急制動をかけても、被告露木運転の車両が停止し得る地点は、②地点から約11.7メートル進行した地点であり、この地点は、衝突時における被告露木の位置である④地点は約三五メートル通過した地点であることから、被告露木運転の車両と哲也運転の車両との衝突は避けられなかつたことが明らかである。

被告露木は、哲也運転の車両の存在をその前照灯で確認しており、前方に対する不注意はなく、前述のような道路状況に於ては、甲道路を進行する車両は、制限速度以下で走行する義務は勿論、乙道路から一時停止を無視し、高速で本件交差点に進入して来る車両の存在を予測して運転すべき義務もなく、被告露木には本件事故発生に過失はない。

(二) 被告露木運転の普通乗用自動車には構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

2  過失相殺の主張

(一) 本件事故当時、堅志は満二四才、哲也は満一七才であつて、堅志と哲也は会社の先輩後輩の関係にあつた。そして、堅志は、哲也と共に飲酒のうえ(本件事故当時、血液一ミリリットル中に哲也は2.3ミリグラム、堅志は1.4ミリグラムのアルコールを保有していた。)、哲也の運転する車両の後部座席に同乗して本件事故に遭遇したものである。

以上からすると、堅志は、単なる同乗者以上に具体的に哲也の運転に対し指揮監督すべき立場にあつたと言えるから、哲也の過失は堅志の損害を算定するに当り、被害者側の過失として考慮すべきである。

(二) 従つて、仮に被告露木に何らかの過失があつたとしても、その過失は哲也の過失からすれば二割を越えるものではないから、本件事故により堅志が受けた損害につきその八割を控除すべきである。

五  被告尾形明、同尾形杉子の抗弁

1(一)  堅志と哲也は、本件事故当時、訴外長尾板金工業所のアルバイトとして勤務していたものであるところ、事故当日、堅志は、勤務を終えた哲也や右訴外工業所の同僚である訴外長尾照夫、訴外横山浩司と自宅で酒を飲みながらマージャンを楽しんだ。

(二)  午後八時一五分頃、マージャンが一段落した時、哲也が「室内が暑苦しいので涼んでくる」と言つて、本件自動二輪車でドライブに出ようとしたところ、堅志が「俺も一緒に乗せてくれ」と言つて二人で出ていつた。本件事故は、両名が外出して数分後に発生したものである。

2  本件事故当時、堅志は満二四才、哲也は満一七才であつて、堅志は、哲也が自動二輪車を本件事故の一週間前に購入したこと、哲也の運転経験が浅く、事故防止、事故回避の技量が習熟していないことを知つていたもので、加えて、本件事故前に哲也と飲酒しながらマージャンをしていたのであるから、哲也がアルコールの影響で正常な運転ができない恐れのあることを認識していた。

3  従つて、堅志は、自ら進んで危険の中に身を投じたに等しく、いわゆる好意同乗者として、堅志の損害を算定するに当つて民法第七二二条二項を類推適用して、減額を考慮すべきである。

六  被告露木の抗弁に対する認否

1(一)(1) 1項(一)(1)の事実は認める。

(2) 同(2)の事実のうち、本件乗用車と本件自動二輪車が衝突した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(3)の事実のうち、本件自動二輪車の速度は知らない。その余の事実は認める。

(4) 同(4)の主張は争う。

仮に被告露木が②地点で本件自動二輪車の存在に気付いたとしても、制限速度である時速三〇キロメートルの速度で走行し、且つ適切な制動措置を講じていたならば、堅志の死という最悪の事態は避け得たはずである。

(二) 同項(二)の事実は知らない。

2(一) 2項(一)の事実のうち、堅志と哲也が職場の先輩後輩の関係にあつたことは知らない。その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の主張は争う。

七  被告尾形明、同尾形杉子の抗弁に対する認否

1  1項の各事実は認める。

2  2項の事実のうち、本件事故当時、堅志が満二四才、哲也が満一七才であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  3項の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一事故の発生

請求原因1項の事実(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二本件の当事者

原告高橋淳、同高橋初江が堅志の父母、被告尾形明、同尾形杉子が哲也の父母で、いずれもそれぞれの相続人であることは、被告尾形明、同尾形杉子との間では争いがなく、被告露木との間では<証拠>によりこれを認めることができる。

三本件事故発生の経過

原告両名は、被告露木、哲也には、自賠法第三条本文により本件事故によつて発生した損害を賠償すべき責任がある旨主張し、被告等は、これを争い、あるいは過失相殺の主張をするので、右判断に先立ち、本件事故発生の経過について検討する。

<証拠>によると次の事実が認められる(1の事実は原告両名と被告露木との間で、3、4の各事実は原告両名と被告尾形明、同尾形杉子との間で争いがない。)。

1  本件事故現場は、甲道路と乙道路が十字に交差する交差点内であつて、甲、乙道路は、いずれも歩車道の区別がなく、アスファルト舗装がなされており、各々の幅員は、甲道路が7.7メートル、乙道路が5.8メートルで、被告露木及び哲也の進行方向に対し、甲道路は一〇〇分の一〇、乙道路は一〇〇分の二の勾配を有する下り坂である。

甲道路に関する規制は制限速度が時速三〇キロメートル、本件交差点への進入に関しては、一時停止等なん等の規制はされていない。乙道路に関する規制は、甲道路に進入する直前に一時停止すべきである旨が表示されている道路標識が設置されており、本件交差点の直前に白線の停止線及び「止まれ」の文字が路面表示されている。

被告露木及び哲也の運転方向からそれぞれに対する見通しは、高さ三メートル以上の石垣により遮られているため、かなり悪くなつている。

2  被告露木は菓子店の店員であるが、遠藤に菓子を配達し、帰宅するため、甲道路を遠藤方面から円行方面へ向けて時速約三五ないし四〇キロメートルで進行し、そのまま徐行すること無く本件交差点に進入した。

3  本件事故当時、堅志は満二四才、哲也は満一七才で、二人は、訴外長尾板金工業所のアルバイトとして勤務していた。事故当日、堅志は体調が悪く仕事を休んだが、そこに勤務を終えた哲也や長尾板金工業所の同僚である訴外長尾照夫、横山浩司が来て、堅志は、哲也等と酒を飲みながらマージャンをしていた。

4  午後八時一五分頃、マージャンが一段落して、哲也は、「室内が暑苦しいので涼んでくる」といつて本件自動二輪車でドライブしようとしたところ、堅志が、「俺も一緒に乗せてくれ」と言つて二人で堅志宅を出ていつた。

5  本件事故現場は、堅志宅から二〇〇メートル余りの地点であるが、哲也は、乙道路を大庭方面から葛原方面へ向けて時速四〇キロメートル以上(七〇キロメートル以下)で進行し、一時停止の標識を無視し、且つ前照灯の明かりで車両が甲道路を左側から進行して来るのが分かつていたにもかかわらず、そのまま本件交差点に進入した。

6  被告露木は、本件交差点にさしかかり、別紙図面②地点で自己右側の乙道路から進行してくる車両の存在を示す前照灯が目にはいり、次いで、約5.4メートル進行した③地点で自己右手約八メートルの地点に本件交差点に高速度で進入してくる哲也運転の本件自動二輪車を発見し、危険を感じ直ちに急ブレーキをかけたが、約2.8メートル進行した④地点において、被告露木運転の本件乗用車の右側前部と哲也運転の本件自動二輪車の左側前部が衝突し、更に自動二輪車は進路右側の駐車場のフェンスに激突し、哲也と堅志は前方に投げ出され、即死した。

7  本件事故当時、血液一ミリリットル中に哲也は2.3ミリグラム、堅志は1.4ミリグラムのアルコールを保有していた。

8  一般に、血液一ミリリットル中に1.5ないし2.5ミリグラムを保有する場合、その症状は、自己も酩酊を認識することができ、ほとんど不快感を伴わぬ眩暈があり、極めて快活、有頂天となり、運動失調が容易に周囲の人に気付かれ、注意散漫となり判断能力が鈍るので運転事故は必発であるとされている。

以上のとおり認められ、<証拠>のうち、右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四被告等の責任

1  被告露木の責任

被告露木が、本件事故当時、本件乗用車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

被告露木は、本件事故は哲也の過失によつて発生したもので、被告露木は無過失であつた旨自賠法第三条但書の免責の主張をするので、まずこの点について判断する。

しかるところ、前示の事実によると、本件事故は、哲也において、本件自動二輪車を運転するに当り、左右の見通しの悪い交差点で一時停止の標識を無視し、且つ前照灯の明かりで左方から車両が進行してくるのが分かつていたにもかかわらず、酔余、高速度でそのまま交差点に進入したことに主たる原因があるが、被告露木において、左右の見通しの悪い交差点で、前照灯の明かりで右方から車両が進行してくるのが分かつていながら、減速徐行せず交差点に進入したことにも一因があり、被告露木の自賠法第三条但書の免責の主張は採用できず、同被告は、同条本文により、本件事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。

次に、被告露木は、過失相殺の主張をするので判断する。

前示の事実によると、本件事故現場は堅志宅に近く、堅志が、本件交差点が左右の見通しの悪い交差点で、一時停止の標識があることを知つていたものと推認すること、本件自動二輪車の後部に同乗していて、前照灯の明かりで左方から車両が進行してくることを知つていたものと推認することがいずれもできる。

そして、本件事故当時、堅志は満二四才、哲也は満一七才であつたもので、堅志は未成年の哲也に対しはるかに年長であり、哲也の無謀とも言える運転を中止させることも容易であつた筈であること、しかるに、堅志は、本件事故発生のわずか前まで、本件自動二輪車に乗つて堅志宅に来た哲也と酒を飲みながらマージャンをしていたもので、哲也の飲酒運転を助長したものと言えること、運転開始後も、本件交差点が左右の見通しの悪い交差点で、一時停止の標識があることを知り、且つ本件自動二輪車の後部に同乗していて、前照灯の明かりで左方から車両が進行して来るのも知つていたにもかかわらず、哲也の運転に注意を与えず、漫然と本件自動二輪車に同乗し、哲也の無謀とも言える運転を是認していたものということができること等を総合すると、堅志には本件事故発生について哲也と共同の責任があるものと認められる。

しかるところ、前示の事実及び本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被告露木の関係で、本件事故によつて発生した損害につき、その七割を控除するのが相当と判断される。

2  哲也の責任

哲也が、本件事故当時、本件自動二輪車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、哲也は、自賠法第三条本文により本件事故によつて発生した損害を賠償すべき責任があつたものと判断される。

しかるところ、被告尾形明、同尾形杉子は、過失相殺の主張をするので判断するに、堅志が本件自動二輪車に同乗するに至つた経緯と本件事故発生に至つた経緯は前示のとおりであつて、堅志には本件事故発生について、哲也に対する関係においても過失があり、右事実及び本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、哲也の関係で、本件事故により生じた損害につき、その三割を控除するのが相当と判断される。

五損害

そこで、次に本件事故によつて発生した損害について検討する。

1  原告両名の固有の損害

(一)  葬祭費

<証拠>によると、原告両名は、堅志の葬儀を藤沢カトリック教会で行い、東京カテドラル聖マリア大聖堂で追悼ミサを行い、同カテドラル納骨堂に納骨し、一周忌のミサを同聖堂で行い、その費用として合計八〇万円以上を支出したことが認められるが、弁論の全趣旨、経験則によれば、本件事故と相当因果関係のある損害としては、右金員のうち七〇万円をもつて相当額と認められ、原告両名は、各その二分の一である三五万円宛負担したものと認められる。

(二)  雑費

<証拠>によると、原告両名は、堅志が居住していたアパートを引き払い、その費用、遺品の運搬、整理の費用として合計七万円を支出し、各その二分の一である三万五〇〇〇円宛負担したことが認められるところ、原告両名の右支出は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

2  堅志の損害

(一)  逸失利益

堅志が本件事故当時満二四才であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、堅志は、大学を二年で中退した後、昭和五七年九月まで電気製品販売店で店員として働き、昭和五八年三月から訴外長尾板金で板金工として働き、本件事故前三ケ月間に諸手当も含め、平均二〇万〇八三三円の月収を得ていたことが認められる。

従つて、堅志は、本件事故に会わなければ、満六七才まで四三年間就労可能で、その間少なくとも右金額の収入が得られたものと認められるところ、右金額から生活費として五割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり二一一四万二七七四円になる。

(20万0833円×12)×(1−0.5)×17.5459=2114万2774円

(二)  慰謝料

本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故により堅志が受けた精神的苦痛を慰謝するには一五〇〇万円をもつてするのが相当と認められる。

(三)  相続

原告両名は、堅志の相続人として、(一)、(二)の損害の合計三六一四万二七七四円を、法定相続分に従い二分の一の一八〇七万一三八七円宛相続したことが認められる。

3  過失相殺

以上によると、原告両名は本件事故により各一八四五万六三八七円の損害を受けたものと認められるが、堅志には前示の過失があるので、右金額から過失相殺として、被告露木の関係で七割、哲也の関係で三割を控除すると、被告露木は原告両名に対し各五五三万六九一六円を、哲也は原告両名に対し各一二九一万九四七〇円を支払うべきことになる。

六損害の填補

原告両名が、本件事故に関し自賠責保険から合計三七三一万一三〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、原告両名は、右金員を原告両名の損害に各二分の一の一八六五万五六五〇円宛充当したことが認められる。

そうであるとすると、原告両名の損害は、被告露木の関係においても、哲也の関係においても全て填補されたことになる。

七結論

よつて、原告両名の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官木下重康)

図面<省略>

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